うつ病と向き合う中で理不尽だと思うこと

うつ病を患う前までの自分は、比較的社交的で誰とでもすぐに打ち解けることができ、人間関係を築くのもそこそこ上手だと思っていました。

しかし、うつ病になる原因となる上司とは打ち解けることが一切できず、自分がどのように立ち振る舞えばパワハラを避けることができるだろうかと毎日考えており、色々な方法を試してみるのですが結局は関係を変えることはできず、自分がうつ病になりました。

うつ病と向き合う中で、これは理不尽だなと感じています。


スポンサードリンク

結局は言われ続ける人が苦労をする世の中なのか

私は上司からのパワハラを少しでも回避するために、毎日朝から晩までそれこそ人の何倍もの時間を仕事に当てて頑張りました。というのも、私の仕事の能力が低いから上司が嫌がらせのようなことを言い続けるのかな?と思ってしまったためです。

そもそも、その考え方自体が間違いなのかもしれませんが、当時は自分の努力が足りないから行けないんだと信じきっていましたし、できる努力をして上司が納得する仕事をしてやろうと思い込んでいたため、仕事ばかりの毎日を過ごしていました。

休みも年間で5日程度しかなくても、自分は努力を続けているのだから、こんなことは大したことないと思い続けていたのです。

ところが、いつまでたっても、自分が客観的に見ても頑張って周囲よりも仕事ができるようになっても上司からのパワハラは止まらず、余計にひどく感じることも多々ありついに私の心が先に折れてしまったのです。

私は自分自身を責めました。何で自分はこんなにも嫌われるのだろうか?何で自分は仕事ができないというレッテルを外すことができなかったのか?

自分自身が本当に嫌になりましたが、一方で上司は私が休職しても何食わぬ顔で仕事をして、普通の生活を送っています。今冷静に考えても上司の態度は私を追い詰めていたと思うのですが、追い詰められて潰されたのは私で、潰した側の上司は普通の顔をして生活しているのです。

一方的に言われた方が辛い人生を送り、言った方は普通の人生を送る。

なんか理不尽じゃないかなと感じるようになりました。

結局は言いやすい人に言い続け面白がって、言われる側はどんなに頑張っても状況を変えるどころか、ますます追い込まれるようになる。そんな世の中おかしいとさえ思うようになっていきました。



スポンサードリンク



言われる側にも原因があるというのは半分間違い

よくいじめなどの問題でも議論されることが、「言われる側にも原因がある」ということです。

しかし、私は言われる側にも原因があるというのは半分は間違いだと思っています。というのも、確かに言われても仕方がないレベルの人もいるのですが、一方でその人なりに努力をして頑張っているにも関わらずどうにもならないこともあるからです。

私は言う方がもっと神経を使って、相手に伝わりやすい言い方をすべきだと思いますし、言って終わりではなく実際にやってみせるなど具体的にわかるような伝え方をする必要が絶対にあると思うのです。

その考えは甘いと言われたことがありますが、実際に言われる側はとても傷ついていますしそれが原因で病気になったりもしてしまうのです。人間は簡単に壊れてしまう本当は弱い生き物なのです。

上司との関係が上手くいかず、いじめと変わらない環境で働き続け、自分だけがうつ病で苦しんだと言う事実は絶対に許せるものではないですし、今でも仕返しをしてやりたいと思うことがあります。

ただ、私は今自分の周りにいる人々を大切にしたいですし、その人たちの期待に応えたいので、今の自分がさらに成長できるよう努力をするべきだと思っています。

言われる側が悪いことはケースによってはあるかもしれませんが、それで病気になるまで追い込まれる状況というのは絶対におかしいと思いますし、そんな世の中を作っては行けないと思っています。

もし、今言われることが多く、自分が努力をしても改善されないのでされば一度その環境から離れて見てはどうでしょうか?

本来であれば言っている側が気がつくことですが、残念ながら今の世の中は言う側が守られ、言われる側が離れていくのが一番良いのです。

うつ病になって苦しむ時間が長くなるくらいなら、一度離れて自分に合う仕事をもう一度探した方が絶対に良いです。うつ病は克服できる病気ですが、時間がかかるのも事実なのです。

理不尽な事ばかりだと思えるまで努力をした自分を認めて、違う環境で活躍できる道を探すと言うのも、うつ病回避には不可欠なのだと思います。


スポンサードリンク


管理人が実践し効果を感じた認知療法詳細はこちら
下園荘太先生のプチ認知療法レビューはこちら




コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ